「ウチは個人事業主だから、社会保険は関係ない」
「法人にはしたけど、まだ若いし役員報酬も少ないから加入していない」
「正直、保険料のコスト負担が重くて、加入をずっと先延ばしにしている…」
建設業許可の取得相談にいらっしゃる事業者様から、このようなお声を非常に多くお聞きします。しかし、もしあなたが今、同じように考えているのであれば、残念ながら厳しい現実をお伝えしなければなりません。
その状態のままでは、建設業許可は「ほぼ100%取得できない」のです。
かつての「グレーゾーン」は完全になくなりました。現在、建設業許可の申請において、社会保険(健康保険・厚生年金保険・雇用保険)への加入は、経営経験や技術者の配置と並ぶ「絶対的な許可要件」となっています。
なぜ、ここまで厳格化されたのか?申請窓口では「何」を「どのように」審査されるのか?そして、未加入の事業者が許可を取得するために「今すぐ取るべき対策」とは何か?
この記事では、建設業許可を専門とする行政書士が、申請実務の「リアルな実情」と、事業者が取るべき具体的な対策ロードマップを徹底的に解説します。
結論:社会保険未加入のままでは、建設業許可は「取得できない」
まず、結論から申し上げます。2020年10月の建設業法改正により、社会保険への適正な加入が「許可要件」として明確に法律に位置づけられました。
これは「加入している方が望ましい」といった努力目標ではありません。「加入していなければ、他の要件(経営経験、技術者、財産的基礎など)をどれだけ完璧に満たしていても、許可は絶対に下りない」という必須のクリア条件です。
ここでいう「社会保険」とは、以下の3つの保険を指します。
- 健康保険(協会けんぽ、建設国保組合など)
- 厚生年金保険
- 雇用保険
「ウチは国民健康保険と国民年金だから大丈夫」というのは、原則として通用しません(※例外は後述します)。会社(法人)または一定規模以上の個人事業主は、この3つの保険に「事業所として」加入していることが求められるのです。
なぜここまで厳格化されたのか?建設業界の「リアルな実情」
「昔は未加入でも許可が取れたのに、なぜ今こんなに厳しいんだ」と感じる方も多いでしょう。この厳格化には、建設業界が抱える3つの切実な背景があります。
背景1:深刻な「担い手不足」の解消
建設業界は、全産業の中でも特に高齢化と若者の入職者不足が深刻です。その最大の理由の一つが「社会保険の未整備」でした。「建設業はキツい上に、福利厚生も整っていない」というイメージが、若者の業界離れを加速させていたのです。
そこで国は、業界全体の労働環境を改善し、「若い世代が安心して働ける産業」に変革するため、許可制度と社会保険加入を直結させるという抜本的な対策に踏み切りました。
背景2:公平な競争環境の確保(法定福利費の適正化)
社会保険料は、法律で定められた企業の義務的な経費(法定福利費)です。これを適正に支払っている真面目な事業者が、未加入の事業者に比べてコスト競争で不利になるのは不公平です。
未加入業者が保険料負担分を不当に安く見積もって仕事を受注する、いわゆる「価格破壊」を防ぎ、真面目な事業者が報われる公平な競争環境を確保する狙いがあります。
背景3:元請け・ゼネコンからの強力な圧力
現在、大手ゼネコンや元請け企業は、コンプライアンス(法令遵守)を最重要視しています。万が一、自社の現場で下請業者が社会保険未加入であることが発覚すれば、元請け自身の監督責任が問われ、行政指導の対象となります。
そのため、元請けは「CCUS(建設キャリアアップシステム)」の登録と併せて、下請業者に対して「社会保険に加入していない業者は、今後一切現場に入れない」という姿勢を鮮明にしています。もはや許可の有無以前に、未加入では仕事そのものが受注できなくなっているのです。
許可申請で「社会保険加入」は“こう”審査される(審査のリアル)
では、許可申請の現場、例えば東京都庁の窓口では、社会保険の加入状況が「どのように」審査されるのでしょうか。これが最も重要な実務ポイントです。
「申請書に加入しているとマルをつければ通る」という甘いものではありません。必ず「客観的な証拠資料」の提示を求められます。
「加入している証拠」を見せなければ、申請書は受理されない
建設業許可申請書(様式第一号)には、保険の加入状況を記載する欄(様式第七号の三「健康保険等の加入状況」)があります。この欄に「加入」と記載した上で、その裏付けとなる以下の資料(写し)を添付しなければなりません。
【健康保険・厚生年金保険(社保)の場合】※法人は必須
以下のいずれかの提示を求められます。
- (A)新規加入したばかりの場合:
年金事務所の受付印がある「健康保険・厚生年金保険 新規適用届(控)」 - (B)既に加入している場合:
直近の保険料の納付が確認できる「納入告知書(納付書・領収済通知書)」と「領収証書(口座振替の結果通知でも可)」
「今、手続き中です」「これから払います」は通用しません。「加入手続きが完了した客観的な証拠」または「保険料を納付した事実」がなければ、申請書はその場で差し戻し(補正)となります。
【雇用保険の場合】※従業員を1人でも雇用していれば必須
以下のいずれかの提示を求められます。
- (A)新規加入したばかりの場合:
労働基準監督署・ハローワークの受付印がある「雇用保険 適用事業所設置届(控)」 - (B)既に加入している場合:
直近の「労働保険 概算・確定保険料申告書(控)」と「領収証書」
審査のリアルとは、「証拠(紙)がなければ、審査のスタートラインにすら立てない」ということです。
「ウチは対象外」は本当か?事業形態別の加入義務セルフチェック
「法律で義務なのは分かった。でもウチは小規模だから対象外のはず」という誤解も非常に多く見受けられます。あなたの会社が本当に対象外か、ここで厳密にセルフチェックしてください。
ケース1:法人の場合(社長一人の会社含む)
結論:健康保険・厚生年金保険は「強制適用」です。
これが最大の落とし穴です。従業員がゼロで、社長(役員)一人だけの、いわゆる「一人法人(一人社長)」であっても、社長が役員報酬を受け取っている限り、その事業所は健康保険・厚生年金の強制適用事業所となります。
「社長一人の会社だから国保・国民年金でいい」という理屈は、建設業許可申請においては通用しません。許可が欲しければ、まず社長自身が社会保険に加入しなければなりません。
ケース2:個人事業主の場合
結論:従業員数で決まります。
- (A)常時使用する従業員が5人以上いる場合:
健康保険・厚生年金保険は「強制適用」です。法人と同様、加入が必須です。 - (B)常時使用する従業員が5人未満の場合:
健康保険・厚生年金保険は「強制適用」ではありません。このケースに限り、事業主と従業員が「国民健康保険」と「国民年金」に加入していることで、許可要件上も問題ないとされています。
ただし、どちらのケースでも、従業員を1人でも雇っていれば「雇用保険」の加入は義務です。「社保は5人未満だから入っていない」と「雇用保険も入っていない」はイコールではありませんので、絶対に注意してください。
「建設国保」に加入している場合はどうなる?
建設業界特有の「建設国保(国民健康保険組合)」に加入している事業者様も多いでしょう。この場合、許可申請上の扱いは以下のようになります。
- 健康保険: 「建設国保」の組合員証(写し)を提示すれば、「健康保険」の要件はクリアできます。
- 厚生年金保険: これは別問題です。建設国保は「年金」をカバーしていません。したがって、法人の場合や従業員5人以上の個人事業主の場合は、「建設国保 + 厚生年金保険」という組み合わせで加入しなければ、許可要件を満たせません。
未加入事業者が今すぐ取るべき「対策」ロードマップ
「ウチは法人だから、やっぱり加入しないとダメか…」と落胆する必要はありません。許可が取れないと諦めるのではなく、これを機に「適正な体制」を整え、堂々と許可を取得するための具体的な手順(ロードマップ)を示します。
STEP 1:自社の「加入義務」を正確に把握する
まずは上記セルフチェック(法人か個人か、従業員数)を行い、自社がどの保険に加入する義務があるのかを正確に把握してください。
STEP 2:専門家(社会保険労務士・行政書士)に相談する
手続きが不安な場合、また保険料負担がどれくらいになるか知りたい場合は、専門家に相談するのが最短です。特に「社会保険労務士(社労士)」は社会保険手続きのプロです。
私たち行政書士事務所にご相談いただければ、提携する社労士と連携し、「保険料のシミュレーション」「適正な加入手続き」「使える助成金(キャリアアップ助成金など)の提案」から「許可申請」までをワンストップでサポートすることが可能です。
STEP 3:年金事務所・労働基準監督署で「加入手続き」を実行する
コストを抑えたい場合は、ご自身で管轄の「年金事務所(社保)」と「ハローワーク・労働基準監督署(労働保険)」に出向き、「新規適用届」「適用事業所設置届」などの手続きを行います。必要書類は事前に電話で確認しましょう。
STEP 4:加入の証明書類を持って「許可申請」に臨む
手続きが完了し、「新規適用届(控)」などの客観的な証拠資料が手に入ったら、それが「許可申請のスタートライン」です。その証拠を持って、他の要件(経管、専技、財産的基礎など)の準備を進め、許可申請に臨みましょう。
保険料負担の「恐怖」を乗り越えるマインドセット
とはいえ、事業者様にとって最大のネックは「保険料のコスト負担」であることは重々承知しています。しかし、この負担は「コスト(費用)」ではなく、未来への「投資」であり、未加入のままでいることの「リスク回避」でもあります。
- 投資(メリット):
- 優秀な人材の確保・定着につながる(福利厚生の充実)。
- 元請けや金融機関からの「信用力」が格段に上がる。
- 許可取得により、500万円以上の工事を受注でき、売上アップで保険料負担をカバーできる。
- リスク回避:
- 年金事務所の調査で発覚した場合、過去2年分に遡って保険料を追徴課税されるリスクから解放される。
- 公共工事の入札に参加できる(経審で減点されない)。
結論:社会保険加入は、建設業者として「生き残る」ための必須条件
社会保険未加入は、もはや「バレないだろう」と隠し通せる時代ではなく、建設業許可取得における「絶対的なNG項目」となりました。
「コストが…」と先延ばしにすることが、元請けからの取引停止を招き、500万円以上の工事を受注するチャンスを逃し、優秀な従業員が辞めていく…という、事業拡大の最大の「足かせ」になっているのです。
これはピンチではなく、会社を「法令遵守のクリーンな体制」に変え、社会的な信用を勝ち取り、建設業許可を取得して次のステージに進むための「チャンス」です。その最初の一歩を、私たちがサポートします。
「ウチは加入すべき?」と悩んだら、まずご相談ください
社会保険の手続きから許可取得まで、ワンストップで診断します。
「一人法人だが、本当に加入が必要か?」
「建設国保だが、厚生年金はどうすればいい?」
「加入手続きと許可申請をまとめてお願いしたい」
当事務所では、建設業許可の要件診断を無料で実施しております。社会保険の問題で許可取得を諦めかけている事業者様こそ、お気軽にお問い合わせください。適正な加入と許可取得のロードマップを一緒に作成しましょう。