「元請けに言われたから、建設業許可を取ろう!」
「事業拡大のために、500万円以上の工事を受注できるようにしたい!」
そう意気込んで行政庁(東京都庁など)の窓口に相談に行ったり、ご自身で書類を集めたりしたものの、「これでは要件を満しません」「この資料では証明になりません」と突き返され、心が折れかけている事業者様はいらっしゃいませんか?
「要件は満たしているはずなのに、なぜ許可が取れないんだ…」
建設業許可の申請は、法律の条文を読んだだけでは決して分からない、無数の「実務上のルール」と「落とし穴」が存在します。申請書の作成は、まるで複雑なパズルのようです。一つのピースが欠けていたり、形が違っていたりするだけで、行政庁は絶対に受理してくれません。
この記事では、建設業許可専門の行政書士として、これまで数多くの「難しい案件」に携わってきた実録に基づき、多くの事業者が実際に陥りがちな「建設業許可が取れない落とし穴」をワースト5形式で紹介し、その回避策を徹底的に解説します。
落とし穴1:経営業務の管理責任者(経管)の「経営経験」が立証できない
建設業許可申請における最大の難関であり、申請断念の最大の理由が「経管」要件です。多くの方が「自分は長年社長をやっているから大丈夫」と考えがちですが、ここに最大の罠が潜んでいます。
陥りがちなケース
「経営経験」とは、単に「取締役」として登記されていた期間を指すのではありません。その期間中、「建設業の経営」を担っていたことを客観的に証明する必要があります。
- 登記簿の「事業目的」の不備: 過去に役員をしていたA社の登記簿(履歴事項全部証明書)を提出したが、会社の「事業目的」欄に「内装仕上工事業」「土木工事業」といった具体的な建設業種が記載されておらず、「建設業を経営していた」と認められなかった。
- 個人事業主時代の証拠不備: 「法人設立前に個人事業主として5年やっていた」と主張。しかし、当時の確定申告書(B表)の「事業種目」欄が「作業員」「コンサルタント」などとなっており、建設業を営んでいた証拠として弱かった。
- 「従業員」経験との混同: 「親方の下で現場監督として10年働いていた」という申告。これは「経営経験」ではなく「技術者の実務経験」であり、経管の要件としては認められない。
回避策:証拠は「登記」と「実績」の双方から固める
経管の経験証明は、「登記簿上の役員期間」と「その期間中の建設業の実績」の二重の立証が必要です。
- 登記簿の確認: 申請者本人の役員期間はもちろん、経験を証明するために使う過去の勤務先(既に退職・解散していても可)の登記簿(閉鎖事項全部証明書など)も法務局で取得し、「事業目的」欄に建設業種があるかを確認します。
- 実績資料の収集: 役員または個人事業主だった期間の「工事請負契約書」「注文書・請書」「請求書控+入金通帳」を5年分(または6年分)用意します。確定申告書B表も必須です。
- 法改正の活用: もし社長の経営経験が5年に満たなくても、例えば「役員経験3年」+「財務管理経験5年以上のベテラン経理担当者(補佐者)」といった「チーム」で要件をクリアできる新制度(2020年改正)があります。諦める前に専門家にご相談ください。
落とし穴2:専任技術者(専技)の「10年実務経験」の立証不能
経管と並ぶ二大要件が「専技」です。施工管理技士などの国家資格があれば資格証一枚で済みますが、資格がなく「10年以上の実務経験」で申請する場合、経管以上の「証拠集めの壁」に直面します。
陥りがちなケース
行政庁は「10年(120ヶ月)間、継続してその工事に従事していた」ことを証明する客観的な資料を求めます。「昔のことで資料がない」は通用しません。
- 証明資料の散逸: 「古い契約書や請求書は廃棄してしまった」「個人事業主時代の通帳を紛失した」など、10年分もの資料を物理的に揃えられない。
- 証明元の倒産・廃業: 過去の勤務先や元請けが既に倒産・廃業しており、実務経験の証明印(様式第9号)をもらうことができない。
- 資料の客観性不足: 請求書はあっても、「工事一式」としか書かれておらず、申請したい業種(例:塗装工事)の実績であると特定できない。
回避策:「月1件」の証拠を多角的に積み上げる
東京都の実務では、10年(120ヶ月)間、毎月1件程度の工事実績を求めてくるのが原則です。完璧に揃わなくとも、以下の資料を組み合わせて立証の確度を上げます。
- 基本資料(いずれか): 「工事請負契約書」「注文書+請書」「請求書控+当該工事代金の入金が確認できる銀行通帳」
- 補強資料: その期間の確定申告書、工事台帳、図面、仕様書など。
経験を証明すべき期間(例:平成28年〜令和8年)を特定し、その期間中の資料を「業種が分かる形」で整理します。元請けが倒産している場合、当時の同僚や関係者からの陳述書などが認められるケースもありますが、ハードルは非常に高いため、まずは客観的な資料(請求書+通帳)の発掘を最優先します。
落とし穴3:「常勤性」の証明の失敗
「経管」も「専技」も、その営業所に「常勤」していることが絶対条件です。この「常勤」の証明で、思わぬ落とし穴にハマるケースが多発しています。
陥りがちなケース
- 社会保険の二重加入: 経管や専技の候補者が、親会社や他の関連会社で「健康保険・厚生年金」に加入したままだった。常勤先は1社しか認められないため、申請会社での常勤性が否定された。
- 住民票が遠隔地: 事務所の所在地(例:東京都国立市)に対し、経管である社長の住民票が(単身赴任等の合理的理由なく)静岡県や群馬県など、毎日通勤するには非現実的な場所にあった。
- 社会保険の未加入: そもそも法人の場合、社会保険への加入は義務です。未加入の時点で、常勤性の証明以前に、法令遵守の観点から申請がストップする。
回避策:最強の証拠は「健康保険証」
「常勤性」を立証する最も強力かつ客観的な証拠は、「申請会社名義の健康保険被保険者証(写)」です。(※建設国保組合も可)これが用意できれば、常勤性の証明はほぼクリアです。
社会保険の適用事業所でない場合や、何らかの理由で保険証が使えない場合は、次善の策として「住民税特別徴収税額通知書(写)」や「源泉徴収簿(写)」などで常勤性を総合的に立証しますが、難易度は上がります。まずは社会保険への適正な加入が許可の第一歩です。
落とし穴4:「営業所」の独立性・使用権原の不備
「事務所の場所」も厳しく審査されます。特に自宅兼事務所やレンタルオフィスで申請する場合、Q&A P.44に記載の要件を満たせずNGとなるケースが頻発しています。
陥りがちなケース
- 自宅兼事務所の独立性: 自宅のリビングの一角を事務所として申請。しかし、生活空間と執務スペースがパーテーション等で明確に区分されておらず、「独立した営業所」と認められなかった。
- 賃貸借契約書の「使用目的」: 賃貸マンションの一室を事務所として申請したが、賃貸借契約書の「使用目的」欄が「居住専用」となっていた。大家(管理会社)から事務所使用の承諾を得ておらず、「使用権原なし」と判断された。
- バーチャルオフィス: 住所と電話番号だけを借りる「バーチャルオフィス」や、個室ではない「フリーアドレス」のレンタルオフィスは、実体のある営業所とは認められない。
回避策:「写真」と「使用承諾書」を準備する
- 物理的な区画: 自宅兼事務所の場合、必ずパーテーションやキャビネット等で「執務スペース」と「生活スペース」を完全に分離します。玄関から執務スペースまでの動線が、居住空間を通らずに行けることが理想です。
- 証拠写真の準備: 申請時には「①建物外観(看板)」「②事務所入口(表札)」「③内部全景(机・電話・PC・什器が写る)」「④独立性の証明(パーテーション等)」の写真を求められます。
- 契約書の確認: 賃貸の場合、契約書の「使用目的」欄を必ず確認します。「居住専用」となっていれば、大家または管理会社から「事務所としての使用承諾書(押印済)」を事前にもらっておく必要があります。
落とし穴5:「財産的基礎(500万円)」の準備ミス
一般建設業許可に必要な「500万円の財産的基礎」要件(手引 P.22参照)。この準備方法を間違えると、申請が受理されません。
陥りがちなケース
- 「見せ金」の利用: 申請のためだけに一時的に500万円をかき集め、残高証明書を取得した直後に返済する「見せ金」。これは虚偽申請です。審査の過程で通帳原本の提示を求められ、不自然な入出金が発覚すれば、許可が取れないどころか罰則の対象にもなり得ます。
- 残高証明書の「日付」: 最大限注意すべき点です。残高証明書は、「申請日の直前1ヶ月以内」の日付のものしか認められません(例:11月7日申請なら、10月8日以降の日付)。他の書類準備に手間取り、証明書の日付が古くなって差し戻されるケースが非常に多いです。
回避策:まず「決算書」を確認。残高証明は「最後」に取る
この要件の回避策は、まず「残高証明書」ありきで考えないことです。
第一に確認すべきは、「直近の確定した決算書の貸借対照表(B/S)」です。ここの「純資産合計」の額が500万円以上あれば、それだけで財産要件はクリアです。銀行で残高証明書を取得する必要は一切ありません。
決算書でクリアできない場合に限り、残高証明書(500万円以上)の出番です。その場合、他の全ての申請書類(経管や専技の証明資料など)を完璧に揃え、行政庁に申請する「直前」のタイミング(例:申請する3日前)に銀行で取得します。これにより日付が古くなるリスクを完全に防ぎます。
結論:許可が取れない理由は「技術」ではなく「立証」の失敗
ここまで見てきたように、建設業許可が取れない理由は、事業者の皆様の技術力、実績、あるいは資金力が本当に足りないからではなく、その「証明方法」が行政庁の定める厳格な「実務ルール(手引やQ&A)」に適合していないことが大半です。
許可申請は「パズル」であり、一つのピース(証拠書類)が欠けたり、形が違ったりするだけで完成(受理)しません。これらの落とし穴は、実務を熟知した専門家であれば、申請準備の「前」に予測し、回避策を講じることが可能です。
窓口で「補正」「返戻」を繰り返し、元請けを待たせ、貴重な本業の時間を浪費してしまう前に、一度「許可取得のプロ」による診断を受けることを強くお勧めします。