「中小企業新事業進出促進補助金」(以下、新事業進出補助金)の申請において、事業計画書の骨子を作る際に、多くの経営者が直面する最初の、そして最大の分岐点があります。
それは、「審査項目(2)新規事業の新市場性・高付加価値性」において、「①新市場性」と「②高付加価値性」のどちらを選択して申請するか、という戦略的決断です。
この選択は、単なるチェックボックスの違いではありません。どちらを選ぶかによって、事業計画書で「証明すべきこと」や「求められるデータの種類」が根本的に異なります。自社の事業の実態と合致しない選択をしてしまった場合、どれほど優れた事業であっても、審査の土俵に乗らず不採択となるリスクがあります。
本記事では、この「運命の分かれ道」における正しい選択基準と、それぞれの攻略法について実務的な観点から解説します。
1. 審査における「2つの土俵」の違い
本補助金の審査項目「新規事業の新市場性・高付加価値性」は選択制となっており、申請者は自社の新規事業がどちらの性質を持っているかを自ら申告し、その基準で審査を受けます。
それぞれの定義と評価ポイントは以下の通りです。
① 「新市場性」を選択すべきケース
定義: 新たに取り組む製品・サービスの「ジャンル・分野」そのものが、社会においてまだ一般的に普及・認知されていないものである場合。
- キーワード: 「ブルーオーシャン」「未開拓」「社会的認知度が低い」
- 証明すべきこと: 「このジャンルはまだ世の中に知られていないが、将来性がある」ということ。
- 不向きなケース: すでに世の中に定着しているビジネス(飲食店、美容室、一般的な製造業など)を始める場合。
② 「高付加価値性」を選択すべきケース
定義: 「ジャンル・分野」自体はすでに一般的であるが、同ジャンルの他社製品と比較して、圧倒的に高い付加価値や価格設定を実現する場合。
- キーワード: 「差別化」「高級化」「高単価」「独自技術」
- 証明すべきこと: 「競合は多いが、当社の製品はこれだけの理由で高く売れる」ということ。
- 不向きなケース: 単なる価格競争に巻き込まれる事業や、他社との明確な違い(強み)を言語化できない場合。
2. 実践的判断基準:あなたの事業はどちらで戦うべきか?
判断に迷った際は、以下のプロセスで自社の事業を分析してください。最も重要なのは、「ジャンル・分野の区分」を正しく行うことです。
ステップ1:「ジャンル・分野」を特定する
まず、新製品・サービスのジャンルを定義します。ここで重要なのは、公募要領のルールに従い、「性能」「サイズ」「素材」「価格帯」「地域性」「顧客層」といった修飾語を排除した「名詞(一般名称)」で区分することです。
- × 不適切な区分: 「東京都港区の高級焼肉店」(地域性・価格帯が入っている)
- ○ 適切な区分: 「焼肉店」
- × 不適切な区分: 「高精密小型医療機器部品」(性能・サイズが入っている)
- ○ 適切な区分: 「医療機器部品」
ステップ2:そのジャンルの「普及度」を問う
特定したジャンル(例:「焼肉店」)は、社会的に普及・認知されていますか?
- Yes(普及している) → 「高付加価値性」を選択します。
- 「焼肉店」はすでに社会に普及しています。したがって、「新市場性(認知度が低い)」で申請すると、「焼肉店はすでに一般的である」として審査で減点または否認される可能性が高いです。この場合は、「一般的な焼肉店とは違い、〇〇牛を一頭買いし、客単価〇万円を実現する」という「高付加価値性」で勝負する必要があります。
- No(普及していない) → 「新市場性」を選択します。
- 例えば数年前の「昆虫食」や、全く新しい概念の「AI活用サービス」など、ジャンルそのものの認知度が低い場合はこちらです。
3. 攻略法①:「新市場性」で勝つためのロジック
「新市場性」を選んだ場合、審査員に提示すべきエビデンスは以下の2点です。
- 普及度が低いことの証明
- 「〇〇に関する市場調査」などを引用し、現在の市場規模がまだ小さいことや、認知度アンケートの結果などを提示します。「まだ誰もやっていない」ことを客観的データで示します。
- ジャンル区分の妥当性
- 恣意的に狭いジャンルを作っていないかを説明します。例えば「“右手専用”手袋」のようなニッチすぎる区分ではなく、あくまで一般的な分類において「新しい」ことを示します。
【書き方の鉄則】 「競合はいません」という主張が許される(評価される)のは、この「新市場性」を選択した場合のみです。ただし、競合がいない代わりに、「市場(ニーズ)そのものは確実に存在する」ことを証明する責任が伴います。
4. 攻略法②:「高付加価値性」で勝つためのロジック
多くの中小企業(特に既存産業への参入)はこちらを選択することになります。ここで求められるのは、「相場との比較」と「付加価値の源泉」の分析です。
- 一般的な相場の調査
- 「一般的な木材家具の平均単価は〇万円である」といった市場データを提示します。
- 自社製品の高価格設定の根拠
- 「それに対し、当社が製造するオーダーメイド無垢家具は、〇〇技術により耐久性が3倍あり、単価〇〇万円で販売する」と宣言します。
- 付加価値の源泉(Why)
- なぜその価格で売れるのか?「建設業で培った木材選定眼があるから」「特許技術を持っているから」といった、自社独自の強み(VRIO分析など)と結びつけて説明します。
【書き方の鉄則】 ここでは「安さ」をアピールしてはいけません。本補助金の目的は「付加価値向上」と「賃上げ」です。「他社より安くします」ではなく、「他社より高いが、それ以上の価値があるので売れる」というロジックが必要です。
5. よくある間違いと「不採択」パターン
審査の現場でよく見られる、戦略ミスによる不採択事例を紹介します。
ミス①:修飾語で「新市場」を作ろうとする
既存製品に「高級」「女性向け」などの修飾語をつけて「これは新しいジャンルだ!」と主張し、「新市場性」で申請するケースです。 指針の手引きには、これらの要素は排除してジャンルを区分すべきと明記されています。
- 例:「女性向けプロテイン」は「プロテイン」というジャンルであり、プロテイン自体は普及しているため、「新市場性」ではなく「高付加価値性(成分や飲みやすさでの差別化)」で戦うべきです。
ミス②:「高付加価値」なのに「安売り」計画
「高付加価値性」を選択しているのに、事業計画の売上根拠で「薄利多売」のモデルを描いてしまうケースです。 審査項目には「高水準の高付加価値化・高価格化を図るものであるか」とあります。安売り戦略は、この要件と矛盾するため評価されません。
6. まとめ:戦略的な「土俵選び」が合格への第一歩
新事業進出補助金の採択を勝ち取るためには、まず自社の新規事業を客観的に解剖し、どちらの審査基準で評価されるのが有利かを見極める必要があります。
- 世の中にない新しいジャンルを開拓するなら「新市場性」
- 既存ジャンルの中で最高品質・高単価を目指すなら「高付加価値性」
このボタンの掛け違いをしてしまうと、その後の事業計画書をどれだけ美しく書いても、審査員の心には響きません。
「自分の事業はどちらに該当するのか判断が難しい」 「ジャンルの区分け方が合っているか不安だ」
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